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森からの来訪者

by 沓澤 優子

夜中の13時すぎ、飼い犬の執拗な声で目が覚めた。我が家には三頭の犬がいる。

秋田犬のサクラとナツ、それにテリア系のミックスのおチビちゃんのメイ。メイは震災後の5月に父が宮城の山間部から保護してきた迷い犬だが、このチビが番犬としての責務を一番まっとうしていて、とにかくよく吠える。流れ者の猫に、新聞配達のおじさんに、未知の接近者に容赦ない。もちろん警戒は24時間体制だ。

使命感のある立派な行動ではあるが、夜中はご近所の手前もある。

犬小屋の真上に寝室がある私は、いつもならすぐに起き、窓から様子を伺う。

相手が遠のくまで無駄だと知りつつ、叱る二歩手前くらいのトーンで名前を呼んで諌めるふりをして、飼い犬とご近所さんの両方にいい顔をするのだが、この夜は身体を床から離せなかった。滅多になくお医者のお世話になっていて抗生物質を服用し、病気にかかったという状況に朦朧としていた。

うつらうつらとしているうちに、いつもより長い攻防は一階に住む両親の介入で終わったらしい。普段から話し声が大きい夫婦で、こちらの音量にも昼夜はないので、リビングから二階まで響いた会話で事態が把握できてしまう。そして起きなかったことをひどく後悔した。

今回の接近者はキツネだった。

秋田だからありそうな話しと思われるかもしれないが、直近の山まではだいぶ距離があるし、一応は団地もある住宅街だ。子どもの時分から同じ場所に住んでますが、キツネ見たことない。

雪のレフ板効果なのか北国の冬の夜は驚くほど明るいのです。この仄白い中であればベージュ色の個体は浮き立って見えるだろうなぁ。真っ白を背景に、頭をさげ気味に寄ってくる尾の長い野生動物の姿を想像してみる。特等席だったのにと思うと、たまの病気が口惜しくてしょうがない。

会話から続く情報によると、今回吠えていたのはメイではなく秋田犬のナツだった。猫には知らんフリなのに、相手を選んで相手になるようだ。

犬とキツネの攻防を想像しながら、無人カメラで森の動物たちの決定的瞬間を捉えた写真集「森の探偵」に書かれていたことを思い出した。山に人が入らなくなってから久しく、野生動物は開発の手が止まった里山を取り戻し、果樹園や畑など、人のつくった効率的な餌場を得てどんどん数を増やしているんだそうだ。クマによる痛ましい事故が報道されると「山に食べ物が少ない」などと言う評論家もいるが、著者の宮崎氏曰く、山には野生動物にとっての伝統的な食べ物は豊富にあるらしい。里に降りてきたのは、大きな実のつく効率良い餌場を得たからだ。 

どんぐりなんか拾ってる場合じゃない。 

きっと山の中では伝統的な食事を大切にしている長老グマが「近頃の若いもんは…」と言っているに違いない。で、添加物たっぷりの食べ残しで現代病になった若クマに、それみたことかと追い討ちをかけているに違いない。
人が鹿を乱獲し、それを餌としたオオカミが絶滅したといわれているが、その鹿も人が狩らなくなり高速道路などの融雪剤に含まれるミネラルによってすくすくと繁栄し、増えすぎて食害まで起こしている状況。

このままいけば、自分が生きている間に野生のオオカミが復活していた、なんてニュースを目にする日もあるのかもしれない。
ちなみに犬の祖先であるオオカミは遠吠えはするけど吠えない。「ワンワン」という叫び声は人間との意思疎通のために犬が身につけた能力なんだそうな。そういういじらしいところが好きだ。


僕は縄文時代からずっと、人間はクマにくわれてきたと思っています。
森の探偵 ― 無人カメラがとらえた日本の自然 宮崎学 (著)

 



沓澤 優子
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