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みんなの思考を動かす裁判

by 沓澤 優子

サイボウズを手がけるソフトウエア会社の社長が(しかも男性が)夫婦別姓の実現を目指した裁判に挑む。

これまで夫婦別姓の声を上げてきたのは女性で、そこに対する社会、時には同じ女性からの目線までが冷たかったと思う。夫の姓を名乗らないのは「身勝手」という共通認識が日本人みんなの中にあるのかな。

市や県の職員のような組織では、結婚・離婚にともなう組織内の氏名変更の手続きがあまりに配慮のないもので、それを解決してからでないと結婚できないと熱く語る友人もいた。クレジットカードや免許証、金融機関鋼材の変更届、他にもいっぱい、姓の変更には労力が要る。
会社などつくろうものなら定款の変更やら何やら、自分のプライベートを吹聴してまわるも同然だ。結婚したときは粛々と手続きしても、これが離婚のためとなったらその徒労は想像したくもない。
既存の戸籍制度には家族の絆という言葉が象徴する良さの反面、女性が経済のために社会に押し出され、離婚率が欧米並みに上昇しつつある時代に適合しない欠陥がある。

戸籍の姓まで奮闘しなかったにしろ、旧姓を通称として仕事をしている私は、ただ旧姓のほうが気に入っているというだけの理由なので「身勝手」と言われても甘んじて受ける。

団塊ジュニア世代に良くある名前で、学生の頃はフルネームで呼ばれることが多かった。ずっと自分の存在を指すものだったその呼び名を変更する理由が「結婚」では納得できない人がいたって、他人の権利を侵しているわけでもなし、許してくれよと思う。
むしろどちらかが(主には女性が)姓を変えるのが当たり前と思わせる世の中のほうがどうかしてると思う。今は明治じゃないんだから、戸籍の混乱なんていくらでも整理する方法があるだろうに。もとより、同じ名前で一生を管理したほうが混乱しなくないですか?

結婚しても家族で共有できない独身時代の趣味を捨てない人がいるように、家族共通にはならないけど自分の姓を捨てたくない。または捨てられない事情を持つ人もいる。
たとえ身勝手が理由だったとしても、それに伴う身近な人への配慮や責任はその人が全うするのだから、それを望まない人が、他所んちの家族の絆だとか日本の伝統だとか、およそ感情でしかない論点で割り込んでいる状況って異様だ。

そもそもですが、離婚した時は名乗る姓が選べるんです。

シングルマザーには、子どもと同じ姓を名乗るために戸籍から脱した状態で離婚後も旧姓に戻さず夫の姓の継続使用を選択している人が多い。私の友人にも3名中、2人もいる。
それに、外国人と結婚・離婚した場合には名乗る姓を別々に選べるらしいではないか。
なのに、どうして日本人同士が結婚したときだけ、その選択肢が取り上げられるのか。
この矛盾を正し「そうしたルールを作らなかったことは憲法違反だよね?」というのが今回の原告の皆さんの裁判の主張なんだそうだ。勝てる気がしてきましたね。

夫婦別姓が論じられると、戸籍管理の問題や、伝統的な家族の崩壊とかを持ち出されがちだが、そもそも姓の問題だけでなく戸籍自体や税金や年金などの社会制度もろとも、夫だけを一家の働き手として想定した過去の家族像に基づいていて、全体的な修正が必要なはずだ。そこをすっ飛ばして別姓の問題だけに家族の絆を負わせないでほしい。結局は同性婚に反対する理由と一緒で、従前どおりの、みんな一緒であることで安心する人が多勢であることが壁なのだ。この壁が20世紀の多くの悲劇を作ってきたかもしれないのに。

男性が夫婦別姓を訴える

これを訴えたのが女性であれば、「こないだ負けたよね?懲りないね」となったかもしれないが、男性が(発信力もある)原告団に加わったことで、インパクトは大きなものになった。

例えばこの裁判が勝利したとき、私たちが手に入れられるものがある。それは「希望」だ。
社会は変えられるかもしれないという希望。希望は成功へ導く信仰である、とヘレン・ケラーは言った。
私たち市井の人々共通の成功体験となり、他にも様々な矛盾や不合理と戦う人たちが続いて、そうして世の中は変わる。今の社会には向き合う気力ための、原資となる「希望」が決定的に欠乏している。

世界は少しずつ変えられる。

どこかのコマーシャルで聞き馴染んだこの言葉を、確信できる日がそう遠すぎない未来にやってくる。
多様な価値観を認め合い共存共栄できる社会。
それを実現するのは私たち市井の人間の意識なんだと、意識しなおさないと。

背景画像は奥入瀬渓流の散策中の足元の一枚。
植物の隆盛の中に身を置くと、豊かさの黄金律のようなものを肌で感じることがありますね。
流れ着いた場所に根を下ろし、譲り合い、時には押し合い重なりながら、知恵を絞って種を残す。
依存せずに自立して、置かれた環境に良い影響を与える。その調和が醸す美。
植物に習えば、キャッチフレーズ化しちゃった「豊かな社会」を本当に築けるのかもしれませんな。

 

世界は美意識で競い合ってこそ豊かになる
原 研哉(著) 日本のデザイン-美意識がつくる未来




沓澤 優子
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